12/19/2013

さよならのあとで



 クリスマスカードと共に、いただいた本。

「さよならのあとで」という、24行だけの詩がおさめられています。

昨日は夕方この包みをポストで見つけ、
部屋に入って封を切り、立ったまま、一気に読みました。

どこか本能的に、自分に必要なものだと感じたのでしょう。






 死はなんでもないものです。

私はただ

となりの部屋にそっと移っただけ。



 こんな言葉から始まります。

続く21行を読み終えた時、
「もう、いいんだ・・・。」とただ思いました。

ずっと心のどこかで、誰かにこう言ってもらいたかったのだと思います。


人生の意味は

これまでと変わってはいません。

人生はこれまでと同じ形で続いています。

それはすこしも途切れることなく

これからも続いていきます。



 父が逝ってしまうずっと前から、
「会いたい」という思いで、疲れ切っていました。

父からの電話を待って、24時間、かた時も携帯電話を離さなかった毎日。
昨夜は、この携帯電話を川に落とす夢をみて、怖くて泣きました。

もう、電話のベルが鳴ることはないのに。



心に折り合いをつけるということ。
こればかりだった毎日が、父が亡くなった後はまた
違う形で襲いかかり、
時に爆発しそうになります。

でも、人生は続いていく。

そうなのです。

 

人生をたのしんで。

ほほえみを忘れないで。

 



 心温まる切手で送って下さいました。
ご自身も、私とほぼ同じ時期にお母様を亡くされたCさま。

私は、この24行に、トン、と背中をおされましたよ。

 お心遣いに、感謝いたします・・・。
 


日常のあらゆる刹那に、父が潜んでいます。
そのたび、目頭が熱くなり、
父の不在を嘆きます。

 でも、それを穏やかに噛みしめられる時が、きますね、きっと。




 *



「白いタヌキがきた!」と騒ぐ母と娘。

急いで見に行くと、白いタヌキではなく、
「白っぽいタヌキ」でした。

日本語は正しく使ってちょうだい、期待したじゃないの。